【私に起きたLGBT《セクシャルマイノリティ》問題】完結編

【私に起きたLGBT《セクシャルマイノリティ》問題】完結編

息子が、無条件に私の親としての器を信じきっていてくれてる事。

息子が産まれてから、自分が願い誓ったことを思い出すことが出来たこと。

何よりも、東京で、生き生きと頑張っているという姿を目にして、急に私の中の問題は、クリアになった

自分の母親がむかしから言っていた

【いつまでもあると思うな親と金】

そう、私だって、ずっと生きているわけじゃない。

10年後に死ぬかもしれないし明日死ぬかもしれない。

これからの時間は、子供が私とすごした時間よりも親と離れて過ごす時間の方が断然多い。

その息子の長い人生、自分が居なくなったあとも、自信を持って生きていけるよう望むなら、1番身近にいた親という立場の私が、理解し、応援してあげるべきだと思った。



ただでさえ、世知辛い世の中。

そんな時代でも、自分には、全身全霊で理解してくれた人が居る、理解してくれた人が居たと言う思い出だけで 人生は、生き易くなる。

私が子供を産んだ以上、子供に果たさなければならない義務は、赤子から1人前に育てて、社会に送り出すこと。

しっかり働き、納税し、自活出来るよう育てて社会に送り出す。

親として願うのは、息子が、自分が出来る、好きな仕事をして 1人前に生活が出来ること。

息子が誰を好きでも、どんな人を好きでも、息子が幸せに生きていけるなら、なんだっていいじゃない

普通普通って、思っていたけど、普通ってなんなんだろう

他人の事は、受け入れられても、自分の子供となると受け入れられないなんておかしい。

自分の息子だからこそ、理解して受け入れてあげなければいけないことじゃないか…と気づいた。

息子のパートナーが、男の子だって良い。

自分の生み育てた人間を、愛し大事にしてくれる人なら、誰であろうと、ありがたいことで、感謝しなければならないくらいだって、そう思えた。

連絡すれば 「ばあちゃん元気?」と、祖母の心配までしてくれる。

優しい子に育った。息子が幸せなら それでいい。

心からそう思えるようになった。

あの悩んでいた時間はなんだったんだ…と思うけれど、あのヘルペスまみれになって悩んだ時間も今では良い思い出。



息子が、行っていたバイト先の居酒屋に遊びに行った時の話。

息子は元気?と言われて、私は、本当のことを話した。むしろ話したかった。

実はね ゲイ・バーで働いていてね…

知らなかったけど バイ・セクシャルらしいの!と。

店長は 「あーそーかぁ!気づかなかったなー。でも、俺も東京に仕事で行く時あるから、東京行ったら絶対 店に遊びに行くわ」と言ってくれた。

何も変わらない、会話になんの摩擦もない、たわいもない会話。

気にしていたのは自分だけで、よくある話で、今の時代おかしいことでもなんでもない。そんな態度だった。

そして、誰が誰を好きでも、何を好きでも変わらない。

そうやって、遊びに行くよと言ってくれる人がいる、それは幸せな事で、遠回しに、私の育てかたは間違っていなかったよ と、言われてるようで嬉しい。

どうして我が家はこんなに問題がいっぱいあるの…と思い悩んだ時期もあるけれど、逆に捉えれば、なかなか経験できない事を経験させてくれたんだなーと思える。

過ぎた今だから思えるのかもしれないけれど。



今は、息子がどっちを連れて帰ってくるのか、すごく楽しみになっている自分もいるし、長い休みがとれたら、ぜひ、息子の働くゲイ・バーに、飲みに行きたいと思っている。

それも楽しみ、すごく楽しみ。

そして、会って全然大丈夫だと伝えたい

息子が、誰を好きでも、息子がどう生きようが、ずっと味方だと、親として、あなたの幸せだけを祈ってるということを伝えたい。

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