「チリツモ精神」の私と、「垂れ流し精神」の夫

「チリツモ精神」の私と、「垂れ流し精神」の夫

私は、周りから守銭奴(しゅせんど:金銭に対する欲が強く、ためることだけに執着する人)と言われるくらい、お金に執着がある。

幼い頃から、親から【いつまでもあると思うな親と金】と、言われ続けて育ったからか、お金が無くなる、お金が無くなったら…という不安が多めにあるタイプ。

あー親も、お金も、永遠にあるわけじゃないんだと、小さい時から、思っていた。

いいわいいわで使っていたら、無くなってしまうんだと、自分でも嫌になるくらい、お金に執着がある。

執着と言うと、一つのことに心をとらわれて、そこから離れられないこと。

だから、執着と言うと 語弊があるかな…?あーでも執着かな?

でも、執着と言うと印象が悪いかもしれないけれど、違う角度から見ればものを大事にしているという事に繋がっていて、悪いことじゃないと思うんだけど、夫は、「貧乏くさい」という…



例えば、うちには、洗面所や、キッチンに、バケツが、それぞれ置いてある。

今あるバケツは 3つ。

例えば、洗面所にあるバケツは、お風呂シャワーを浴びる時に、温かいお湯が出るまで、冷たい水が出ますよね?(うちだけかな?)

お湯を出す前に、バケツを用意し、温かいお湯が出るまで、そこに溜める。そして、温かいお湯が出たら、シャワータイムスタート。

溜まったお湯は、大体バケツ一杯分くらいにはなる。

そして、そのバケツの水はお風呂上がりに洗濯機へGO!

朝や夜、歯磨きや、洗顔する時もそう。

温かいお湯が出るまで、バケツに溜めて、洗濯機へ…。

キッチンでもそう、鍋でお湯を沸かそう、お味噌汁を作ろうとお湯を必要としている時、水から沸かすより、お湯から沸かした方が、ガスも電気も、安く済む。

だからお湯を必要としてる時、水から沸かすのではなく、お湯になるまでバケツに溜める。

そして、お湯になって来たら、鍋やヤカンを設置する。

夏なら、すぐ温かいお湯が出るけれど、冬なんかは、結構長い間、温かくならないから、その間バケツが無ければ流しっぱなしになって、排水溝を流れてしまう。

「ぁぁ勿体ない…」

そのバケツの水は、洗濯機へ入れれば、お湯を頻繁に使う時だと、1日で洗濯機、半分くらいまで溜まります。

これだけ垂れ流していたのかと思うとまさに恐怖。



バケツの水は、他にも、トイレ掃除に使ったり、床掃除に使ったり。

意外に、本来は流されて終わっていた水の運命は、立派に職務をこなすことになります。

夫は、歯磨きしている間も水を流しっぱなしにするタイプ。

あの流れ続ける音は、ストレス以外の何物でもない。

ああ…バ…バケツを置いてください…。心の叫び。

なんせ、面倒らしい。いちいちバケツを置くのが面倒らしい。

そして、何よりもその行動が、貧乏臭いから嫌らしい。

男たるもの、そんなみみっちい事は出来ん」なんて言ってる。

だったら、歯磨いてる間止めとけよ…なんて。

その水…洗濯機へ行けば、ずいぶん溜まるんだよ。

細かい事かもしれないけど、毎日の生活というものは、塵も積もれば山となる

そういう積み重ねで、なかなか節約になったりする。

そして、本当は流れて終わるだけだった水が、洗濯機の中で溜まること、その水でトイレが綺麗になることで 少し得した気分になるという一石二鳥

ま…うちは、私が 「チリツモ精神」で、夫は 「垂れ流し精神」だけど、2人してケチケチしてたら、精神衛生上良くないので、これで上手くいっているのかな…と。

……貧乏臭いですか?(笑)